スーパーアートライフ

日常、買い物、ガジェット、アイドル、音楽、ASローマあたりのことを書く日記です。陸マイラー活動でハワイ旅行とか遠征してます。子2人の4人家族。

怒らないこと2を読んでる途中

怒らないこと 2―役立つ初期仏教法話〈11〉 (サンガ新書)

怒らないこと 2―役立つ初期仏教法話〈11〉 (サンガ新書)

仏教の初歩中の初歩を解説してる本の第2弾。無印「怒らないこと」は内容はもう忘れちゃったけど、読んだあとの清々しさがあって、今に活かされてるかは微妙だけども(怒ってばっかり!)、とてもいい本でした。なのでの第2弾を買ったんですが、ベリーハードモードというか、もう生きるのは辛いこと、苦行ということが一貫して書いてあって、なかなか読むのが辛いです。その中にもふと腑に落ちるフレーズはいくつも散りばめられてるんですが。
その中で、「自我は幻覚である」ということがありまして、これがもしかしたら人生の転機になるかもしれない考え方なので紹介します。
自分が思っている「自分」という存在は、実は常に変化していて、いま自分が「自分」と思っているものは、もう自分ではない。100億分の1秒前も正確には同じ自分じゃない。見たもの、聞いたもの、臭ったもの、味わったもの、触ったもの、感じたことはその一瞬にその事実があっただけで、それ以降はすべて自分の中でリピートしているもの。それは自分が「自分」と思っているだけの幻覚である。
まさにこの章の所で寝落ちしちゃったので(サーセン)肝心なところは抑えられてないんですが、仏教なのに(仏教はそういうものなの?)とても科学的で、つまり自我と思ってるのは所詮脳内で起こってることで、それを細かく紐解いていくと、脳内細胞のシナプス間に微弱の電気信号が起こっているという事実にすぎず、それがあまりにも連続しているから、それを自分と思ってしまっているというもの。その自分が思っている「自分」というものが自我で、自我があるお陰で私たちは怒ってしまう。だから自我をなくしましょう、ということなんじゃないかと、今のところは解釈してます。
とてもとても極論ですが、そこまで追い詰めて考えて楽しいのかどうかは分からないもんですが、自分を見くびるという意味ではなく、「自分は所詮はそんなもの」という方法論を学べるという意味で、仏教的なアプローチはとても興味深いです。
居もしない(と思っている)神様を崇拝するよりも、よっぽど信じられて、これを宗教心というなら、自分はそこに当てはまっていいなと思うまである(←初めて使った