スーパーアートライフ

日常、買い物、ガジェット、アイドル、音楽、ASローマあたりのことを書く日記です。陸マイラー活動でハワイ旅行とか遠征してます。子2人の4人家族。

沈む話

昨日のちょうど今ごろの時間に、友人が死んだという連絡が唐突に来た。本当に唐突に来た。電車にはねられたという事しか分からないんだけど、死因から考えて自分から…とどうしても考えてしまう。事実はどうだったとしても、もう事実はひとつなんだし、いくら考えてもさかのぼっても、何をどうしてももう何も変わらない。悲しいというよりも実感が沸かない。
今日は当たり前のように普通に仕事でいつものように過ごした。不思議なもので普段どおりの生活になると、本当に何事も無く、心に波が立つこともなく過ごせる。だけど、ふとした時に訃報を思いつくと、もう気持ちが底に沈んでしまう。
もう会えないってことが悲しい。でもそれよりも、死ぬ瞬間痛かっただろうかとか、最後の最後の瞬間はどんな気持ちだろうか、とかそんな事を考えて悲しくなる。例えば、その瞬間に楽な気持ちだったらなと思うし、逆だったらそれこそ本当に悲しい。でもその答えはもう誰にも分からないから、どうか安らかと思う。もう手遅れだけど、せめて最後の瞬間だけはと祈ってしまう。もし、電車のせいで仕事に遅れる、とか、処理が面倒くさいとか思う奴がいたとしたら殺してやりたい。彼の尊厳を侵す事だけはやめて欲しいと思う。
同じ時間を長く過ごしたような親しい友人では無かったんだけど、初見からすごく人懐っこくて、自分は気が合うと思っていて、たまに会って酒でも飲んで馬鹿な話をして…と勝手に思ってた。それを「いつか」と思ってたけど、それが間違いだった。その程度の友人だけど、それでも自分が何かできたんじゃないかという後悔を図々しくも思ってしまう。自分ですら後悔が残るんだから、同窓生、同郷、仕事の仲間、何より親兄弟の心の闇は計り知れない。
どんな理由でも29歳で死んじゃだめだろ。絶対駄目だわ。
なので、ここを何かのきっかけで読んだ人は、絶対に死なないで下さい。何があっても死ぬというは無しでお願いします。